東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)91号 判決
一 請求の原因一及び二の事実並びに引用意匠に係る雑誌「貿易通信」一九七五年七月号八六ページ所載の灰皿の写真(乙第一号証)が本願意匠の実施品の写真であることは、当事者間に争いがない。以上の事実によれば、原告は、審決引用の右刊行物に記載された意匠について、同刊行物が日本国内において頒布された日から六月以内の日である昭和五〇年一〇月二七日に、本願意匠の登録出願をしたものであることが明らかである。
二 そこで、本願意匠がその意匠登録出願前に引用意匠のかたちで出願人たる原告の意に反して刊行物に記載されるに至つたものであるか否かについて検討する。
成立に争いのない甲第三号証、第四号証、乙第二号証、証人橋本政明の証言及び原告本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を合せ考えると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
「原告は、灰皿、ライター、靴べら等の日常雑貨品の製造販売を業とする東京商工の代表取締役であり、これまで自己が開発した意匠等に係るこの種雑貨品の製造販売を東京商工にさせていたものであるが、昭和五〇年五月ころ、ドラム罐を模した灰皿を考案して、その意匠登録出願の手続を中村政美弁理士に委任する一方、その試作品を、かねて取引のあつた日生産業の代表取締役川俣勝佑に渡して、この種灰皿を製造販売したい意向を伝えたが、その際、東京商工において販売体制が整うのに少なくとも数か月を要する見込みであつたので、このような条件が整つた後に改めて広告や販売方法に関する具体的な打合せを行うこととし、それまでは広告や見本の対外的な呈示などはしないよう要請し、同人もこれを了承した。右川俣は、そのころ、日生産業の従業員吉岡清に右試作品を渡して広告の立案を指示したので、同人は、その原稿を作成したが、同年六月初めころから日生産業には出勤しないようになり、そのまま同社を退社してしまつた。同社における同人の仕事を受け継いだ橋本政明は、同年六月二〇日ころ、雑誌「貿易通信」を発行している株式会社貿易通信社の池田健二が同誌に掲載する広告記事がないかどうかを問い合せに来訪した際に、原告と川俣勝佑との間に前記のような合意がされていた事情を知らないまま、吉岡清の作成に係る前記原稿を試作品と共に右池田に渡し、その結果、雑誌「貿易通信」の同年七月号に本件灰皿に係る意匠の広告が掲記されるに至つた。」
右認定の事実関係からすれば、引用意匠に係る同誌の灰皿の写真は出願人たる原告の意に反して刊行物に記載され、ひいて、本願意匠は、出願人たる原告の意に反して意匠法第三条第一項第二号の規定に該当するに至つたものというべきである。
三 以上の次第であるから、引用意匠が出願人の意に反して公知になつたものとはいえないとした審決の判断には誤りがあり、審決は、違法として取消されるべきものである。